老いても病んでも回転ずし

体力の衰えは知的生活で補おう。老いても病んでも例え病床にあっても十分楽しい生活は送れます。

人生を楽しむための個性

 現在社会では人の個性を競争の前面に打ち立て商品化し過るように思います。商品化個性は早期に見出され競争の場で脚光を浴びることもありますが反面、多様性の中の普通の個性を蔑(ないがしろ)にしているきらいがあります。
私は個性は傑出した特性ばかり追い求めるのではなく、普通の「気楽な個性」こそ尊重されるべきと思います。
 
いま高校野球をやっていますがこれについて多少の異見があります。
それは学校の教育現場に於いて勝つための野球部に重点を置き過ぎて普通の子供から楽しみとしての野球の場を奪っているように思います。
下手でも野球は楽しいものです。広い運動場を部活のみに占領されるのは如何なものでしょうか。
 野球に限らず現在社会は勝つための特性に拘り過ぎています。
私は子供にももっと気楽な個性で遊ばせたい。人生における個性は秀でる必要ないとさえ思っています。秀でる個性には別の魂胆があります。折角の個性を魂胆の犠牲にしては勿体ないのです。

 もう一つ例え話をさせて下さい。私の趣味は囲碁です。自分で言うのも何ですが、若い頃はプロを目指そうかなと思ったこともあります。昔から「碁の甲子園」と言われる‘朝日アマ囲碁十傑戦’がありますが、この京都府大会で優勝し全国大会に駒を進めたこともあります。その後の私の碁を自己分析すると、私は「秀でる個性の魂胆に埋没して」碁を純粋に楽しめなくなってしまったのです。碁は本来低段者でも級位者でも圧倒的に楽しいものです。それがどうしたことかそのレベルの人たちと楽しんで打てなくなったのです。
 
碁は傑出しない方が楽しいのかもしれません。
趣味は評価競争を度外視して楽しみながら長く付き合える「人生の伴侶としての個性」を大切にした方が良いと思います。

               丹波老子(おいやん)